夏の終わり~猫の棲む街~

 

 

大都会、新宿。

 

新宿駅から少し離れた所にある個別塾では、溢れてくる授業コマを消費するために多くの講師が出勤していた。

 

 

もう…嫌だ……。

 

私はその空間に居られなくなって教室を飛び出した。

 

この時間は長い休み時間で、講師の部屋は授業を終えた講師の山で一杯になっている。もともと沢山の人で群れているのが嫌いな私は、授業での疲れも相極まってその空間から脱出したのだ。

 

 

しかし、外に出てもそこは大都会新宿。

 

窮屈なビルの群れと周りを歩く人々。

皆どこに目を向けているのか分からず、見るだけで怖くなる。

 

 

大勢の人に囲まれているのに、今、私は一人ぼっち。

 

 

そんな思いを抱きながら街を散歩していると、ビルとビルの間にできた6畳くらいの公園(どちらかと言うと休憩所)があった。

 

微かにビルの隙間から陽が射し込むその公園では、ベンチの日陰で猫が1匹こっちを向いて座っていた。

 

 

「隣座ってもいいですか?」

 

私が聞いてもその猫は何も言わず、どこか遠くの景色を眺めていた。

 

「失礼します」

 

そっと私がベンチに座ると、その猫は尻尾だけを私の方に向けた。

 

撫でていいのかなぁ...。

撫でられるなら撫でたいけど、今の私は何かに触れた瞬間にバラバラになって崩れてしまうのではないかというくらいボロボロになっていた。

 

窮屈な人間関係、息苦しい都会の街並み、ただ過ぎていく時間。その全てから逃げ出したくて、この一瞬だけでもいいから何かにしがみつきたかった。

 

そっと手を伸ばし、白い猫の首から尻尾にかけて撫でてみる。

あぁ、なんて気持ちいいんだろう。このまま抱き枕にしてずっと寝てたい。

 

 

にゃあ〜

 

その猫が鳴いた瞬間に私はふと我に返る。

やばい、怒っただろうか。このままどこかへと行ってしまったら、私はまた窮屈な世界へ戻されてしまう。

 

しかし、猫はすっと立ち上がると向きを変えて、私の手に頬をすり合わせてまた1つ鳴いた。

 

あぁ、君は私の気持ちを分かってくれてたのかなぁ...。

 

その猫を左手で撫でながら、私は頬に冷たい何かが走っていることに気がつく。

 

目に見えない不安の中に、ふといつか感じたような温もりが顔を出した。

 

猫は私の太ももに顎をのせ、全てを受け入れてくれた。

 

 

どれくらい経っただろうか、私は時間も忘れて猫を撫でながら涙を流していた。

 

すると突然その猫は立ち上がり、ベンチから降りてこちらを向き「にゃあ」と鳴いた。

公園の時計を見ると、もう少しで次の授業が始まる時間だった。

 

「にゃあ〜」

 

早く行けと言わんばかりに、その猫はもうひと鳴きする。私はその声につられて席を立った。

 

公園からでると、そこはいつもと変わらない都会の街並み。ただ1つ変わっていたのは、心の奥底にある見えない何かだけだった。

 

 

ふと振り返ると、その猫はもうどこかへ行ってしまっていた。

 

私はそれ以降振り返ることなく、来た道を帰っていく。

 

 

夏の終わりの風が頬を優しく撫でる。

 

 

 

その風に乗って、どこかで猫の鳴く声が聞こえた気がした。