狼男

 

 

昔から妖怪というのは恐れられていたもので、のっぺらぼう、口裂け女、ねずみ小僧など、小さい子どもには馴染みが深く恐ろしいものである。

 

妖怪とは少し違った化け物として、狼男というのがいるが、これもまた馴染みが深くよく物語でも登場してくる事がある。しかしこの狼男というものの話がヨーロッパにて世に現れた当時は相当な恐怖を民衆に与えたらしく、それが日本に伝わってきた時も村中に注意の御触書が蔓延りまして、

 

 

おい兄じゃ!新しい御触れが出たぞ!見たか?早く見ろ!どうにも、狼男っていう新しい化け物が出たらしいぞ。

 

うるさいですよ喜八郎。なんですか、狼男ですか。ほう、それはどんな男ですか?

 

え…どんな男? そういえば、「狼男に注意」とだけ書かれてその特徴なんてのは何も書いてなかったな。まぁきっと、上半身が人で下半身が狼って感じのもんだろうよ。

 

そんな気持ち悪いものが出てるのかい? 犬に人間くっつけたようなもんだろうか。

 

確かに気持ちわりぃな…。じゃあその逆だ! 体が人間で顔が狼!

 

それもそれで気持ち悪いだろうよ。そんなに気持ち悪い化け物がいたらとうの昔に見つけられているわ!

 

じゃあ手足と顔が人間で、他が狼!

 

もはや想像すらもできなくなったよ。なんだい、詳しい特徴を知らないと注意もなにも出来ないじゃないか。

 

まぁそれもそうだな…。しゃあねぇ、明日お寺の坊主に狼男ってのがどんなのか聞いてきてやるよ。

 

あぁ、よろしく頼むよ。まぁ、どうせ大した話じゃないだろうがね。

 

 

そう言って満月の夜が明けると男は朝飯を食べてすぐにお寺へ駆け込んだ。

 

 

おい坊さん! 御触れに出てた狼男なんてのはどんなのなんだい?

 

何だよまったく喜八郎か、朝から騒がしいやつだな。少しは落ち着いて生きるということはできないのか?

 

それどころじゃねぇんだよ、坊さんも昨日の御触書見ただろう?狼男ってのが出るらしくてな、俺はそいつの事を考えるとドキドキしちまって夜も眠れねぇんだ。何とかなんねぇのかい?

 

そりゃきっと恋だよ。

 

こい? そんなんうちの近くにはいねぇよ。いるとしたら向かいの婆さんが飼ってる金魚くれぇだ。

 

それは鯉だよ。何かの事を思って胸がドキドキする事を恋と言うのだよ。お前、嫁を貰う前は嫁に会うたびに胸がドキドキしてただろうよ。

 

嫁貰ったとき?おらぁまったくドキドキなんかしなかったよ。したのはドギマギだよ。

 

何を言っているんだ。そんなんだからお前の家は繁盛しないんだよ。んで、その狼男ってのがどうしたんだ?

 

そうだよ本題はそこなんだよ。その御触書には特徴も何も書いてなくて、狼男ってのがどんなやつなのかさっぱり分からねぇ。坊さんよ、一体、狼男ってのはどんななんだい?

 

なんだ、そんなことを聞きに来たのか。知りたいかい?

 

尻? 尻は痛くねぇよ?

 

…尻痛いかを聞いたんじゃないよ。狼男についてもっと詳しく知りたいかい?

 

そりゃ知りてぇさ。じゃねぇと、この恋が治まらねぇ。

 

まぁそれはきっと全うな恋ではないと思うがな。いいだろう、教えてやろう。狼男ってのは、昼間は人なんだけども夜になると全身毛むくじゃら、その姿はまるで世にも恐ろしい大狼。狼になって村を襲って人を食っちまうっていう化け物だよ。昼間は村人に溶け込んで、誰を夜に食おうか目星をつけているのさ。

 

なんだい…それは…。そんな恐ろしいもんが毎晩出るのか?

 

なんだいビビってるのかい?大丈夫さ、今晩は出ない。狼男になるのには条件があってだな…

 

そうかいそうかい、今晩出ねぇなら一安心だ。早速兄じゃに伝えてくるわ!

 

おい、最後まで話を聞けなまったく。

 

 

そうやって喜八郎は家に戻ると、兄じゃに向かって坊主の話をそのまま聞かせた。

 

 

なんだいその話は。そんなもの嘘に決まっているだろう。そんなことがあったなら、もっと前から噂になってるさ。

 

いやでも、坊主の話はたぶん本当だぞあれは。

 

きっと坊主もお前をからかってるんだよ。なんなら、明日の夜にでも狼の仮装をして寺を脅かしに行きなさいな。それで坊主が恐れおののいていたならきっとその話は本当さ。

 

なるほどそりゃいい考えだね、さすが俺の兄じゃ。よしじゃあ早速狼の皮を準備してこよう。

 

 

そう言って喜八郎は一日中かけて狼の皮を集め、どこからどう見ても人の形をした狼というものを作り上げた。2日後の夜にお寺へと忍び込むと大きな声で

 

 

俺は狼男だ!坊主ども、食ってやるから出てこい!

 

なんだい外が騒がしいね。

 

畜生、この毛皮着てると前が見にくいな…。俺は狼男だ!坊主1人を食わせてもらうまで帰らないぞ!

 

あの声は…喜八郎だな。一体なんて馬鹿な事をしているんだ。そんなんで私たちが驚くとでも思ったのか。よしじゃあ少しからかってやろう。

狼男ってのはなあ、誰が狼男かってのがばれちまうと死ぬらしいぞ~

 

お!なんか坊主が言ってらぁ。

心配ねぇよ!俺はもう狼の姿になってるからばれる訳がねぇ!

 

こないだ言い忘れてたんだけどな、狼男ってのは満月の夜にしか狼になれないんだぞー!

 

な、なに…満月の夜…? どこだ今夜の月は!畜生、皮のせいで全く空が見えねぇや!

 

ほら、人の話を最後まで聞かないからだ。おい勝敬に輪丁!あー、他の坊主たちも出てこい! あいつを少しからかってやらぁ。

 

どこだ月は。今夜は満月じゃねぇのか。

 

ほら、お前たちここに等間隔で並ぶんだ。私がせーのと行ったら全員でランプを使って自分の頭を照らすんだぞ。

よし、せーの!

 

うわ、眩しい! ったく坊主の野郎脅かしやがって、今夜は満月じゃねぇか!ん?満月ってこんなに沢山あったか?まぁ知ったこっちゃねぇさ、出ていって脅かしてやれ!

 

ガオー!俺が狼男だー!お前らを食ってやる!

 

 

ほら見ろ、馬鹿な狼男が坊主の頭を満月と間違えて出て来やがった。