時間旅行

 

 

実習2日目の夜のお話。

 

大学で知り合った友人と二人で、そいつのサークルの後輩と電話をしながらふと面白くて不思議なことを思った。

 

 

 

私は今、大学生をやっている。

 

当然ながらそれよりも前の人生があって、産まれてから幼稚園、小学校、中学校、高校と過ごして来た。

 

 

もちろんそれは大学から友達になった人も同じで、人には人のこれまでの物語があって今に至っている。

 

 

 

でも、俺からしたら、大学からの友達は大学に入った瞬間に突如現れた登場人物であって、その人の昔の物語なんてのは分からない。

 

今まで出会う予定なんかなかった人たちばかりで、自分のこれまでの物語とは全く関係ない人たち。

 

 

そして、自分にはこれまでの物語があるのに、突如現れた登場人物にはこれまでの物語が全く無いように思える。

まるで、ゲーム進行のためにそこで待ち構えていたNPCみたいに。

 

その人たちのこれまでの物語は、その人やその人を知る人が語ってくれなければ知る由もない。

 

 

 

そして、それは相手側からも同じで、自分は他の人にとってはこれまでの物語と関係ないNPCのうちの1人でしかないのだ。

 

 

 

すなわち、自分のこれまでの物語は自分の中では存在しているけど、相手の中では存在しないことになっている。

 

 

きっとこれまでも同じ地球のどこかで同じ時間を過ごしていたであろうことは間違いないけど、それを見ることは出来ない。

 

 

 

 

 

じゃあ大学で知り合った人たちは今もNPCであるかというと、決してそんなことはない。

 

今はほとんどの人が何かしらを共にするプレイヤーの1人となっている。

 

 

 

新しく知り合った人たちと仲良くなり、その人について詳しく知っていくにつれて、その人の存在はNPCからプレイヤーへと変化していく。

 

 

そしてもちろん、他の人から見た自分の存在もNPCからプレイヤーへと変化していくのだ。

 

 

 

皆さんも、同じ電車に乗り合わせたり、同じ大学にいるけども喋ったことない人なんてのはNPCであるかのように思えませんか?

 

逆に、自分にとって身近な人はNPCではなくて、1人のプレイヤーに思えませんか?

 

 

 

 

そして、自分が他の人から見てNPCからプレイヤーに変化したと言うことは、自分のこれまでの物語が相手の中でも存在するものになったということになる。

 

 

逆に、自分の中でも相手のこれまでの物語が紡がれて、1つの大きな時間を共有していたことを知る。

 

 

 

 

 

なんかこれって、変わった形で時間旅行をしているみたいじゃないですか?

 

 

 

その人と一緒に過ごしている時間が進むのは正の方向なのに、共有した時間は負の方向、すなわち昔の範囲まで広がっていく。

 

 

時間は前にしか進まないはずなのに、後ろにも進んでいるように思えてくる。

 

 

 

今まで当たり前に生きてきたけど、よくよく考えると不思議なこと。

 

 

 

 

なんで電話している最中、唐突にこんなことを思ったんですかね…。

 

 

 

 

 

もしタイムマシンがあったら、いろんな人の昔の様子を見てみたい。

 

 

それがきっと、その人を真に理解して本当に仲良くなるための手助けになると思うから。

 

 

 

そして、出来る限りの多くの人をNPCではなくてプレイヤーとして見れるようになりたいし、自分は誰かにとってNPCではなくてプレイヤーでありたい。

 

 

 

 

 

 

そんなことをふと思った実習2日目の夜であった。